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『ツアーパリ』
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「エコノミーは本当に狭いよね。君、体が大きいからよけいにつらいね」
「そんなにかわんないんじゃないスか?」
「僕はそんな鍛えてないから」
「だけど、いい体してるの、見ればわかるスよ」
こんな会話をしている段階で、お互いに確認していたってことなのだろう。水平飛行に入り、ドリンクサービスや機内食が出ている間も、彼とオレの体はしょっちゅう触れあった。男二人、狭いエコノミーに並んで座るのだから触るのは当然としても、お互いにわざと体を押しつけているのは明らかだった。
べらべらとしゃべったわけじゃなかった。オレはもともと口下手だし、彼もおしゃべりじゃないみたいだ。だけど、かなりいい感じになっているのは間違いなかった。飛行機の中で手を出すってのもいいなあ、なんてオレはスケベなこと考えていた。たぶん、可能だったとは思う。オレが手を出せば、彼は嫌がらない。自信はあった。でも、この雰囲気を壊したくなかった。彼はオレと目があうたびに、にっこりと笑ってくれるのだ。それがやさしくて、シャイな感じで、すてきな笑顔なのだ。オレも笑い返して、それだけですげえいい気分になってしまう。
機内が暗くなると、彼は手元のライトをつけて読書を始めた。テーブルの上のワインを飲みながら、遠視用の眼鏡をかけて文庫本をめくる。その姿がやたらかっこよくて、痺れてしまった。せいぜい二十四か五だと思うんだが、やたら大人な雰囲気だった。
いいぞいいぞこういうの、なんてオレは心の中で思いながら、持ち込んだスポーツ雑誌を眺めていた。その内、眠ってしまったらしい……。
ふと目が覚めると、オレは彼の肩に顔をのせていた。びっくりするが、彼もオレに寄りかかって眠っている。まるで恋愛映画の中の出来事みたいだなあ、とオレは感激した。そのうえ、旅の目的地はパリなのだ。オレは彼の寝息を聞きながら目を閉じた。興奮した気持ちとは裏腹に、すうっと吸い込まれるように眠気が戻ってきた。
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生まれて初めての海外旅行。同じツアーで同部屋になった年上の男は落ち着いていてかっこいい。すごくやさしくて大人な彼だがセックスの時は受けでちょっとMっぽい。フランス語もできてパリもよく知っている風の彼なのに、どうしてツアーに参加したのか不思議だが……。
初出『バディ』。「旅」シリーズ三作目。続き物ではありません。読み切り短編。
『バックパックが二つ』
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ヒロキはバックパッカー用の大部屋に泊まっていた。だから、安いけど個室の俺のホテルに、自然、二人とも足が向いていた。とくにどちらから部屋に行こうと話したわけじゃなかった。だけど、冷房が切れてムッとした部屋に入ると、俺たちは薄暗がりの中で見つめ合った。
二人とも、汗をかいていた。顔は脂でテカッていた。口は酒臭いし、にんにくの匂いだってきついはずだった。だけど俺たちはそんなこと、少しも気にしなかった。お互いに手を伸ばし、汗で濡れた体を触りあって、ため息をついていた。
「暑いな、この部屋」
「お前の体の方が熱いぜ?」
「慶喜さんって男っぽい顔してるのな、タイプだって、一目見た時から思ってた」
「俺も」
汗でヌメッた、筋肉ごりごりの太い腕をさすっていた。するとヒロキの手が俺の顔をつかみ、そっと唇を寄せてきた。それは意外なほどやさしくて、甘いキスになった。
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就職活動に失敗した若い二人がバンコクの街角で出会う。意気投合した二人はあてもなく旅して歩く。最高の旅に思えたが、やがて日本に戻って再会すると……。 初出『バディ』。「旅」シリーズ四作目。続き物ではありません。読み切り短編。
予告なんですが、配信用の書き下ろし原稿にとりかかっています。
『弁護士 隈吉源三』シリーズのスピンオフで、
隈吉の恋人、高山雄三の学生時代を描いた話になります。
高校時代からはじまるので、詰め襟学生服の隈吉も登場。
いまはジーメンでの連載原稿に入ってるんで、
配信できるようになるのは来月かなー、と思います。
そういえば、その連載の小説の紹介忘れてました……。
というわけであらためて。
月刊『ジーメン』で新しく連載が始まっています。
次の更新でそちらの「さわり」をご紹介する予定です。
というか、これからそっちも更新しようかなと思います。
というわけで、アマゾンでの配信も、ジーメンでの連載もよろしくお願いします。
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